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みかん

蜜柑

山本 周五郎

「キング」大日本雄辯會講談社 、1941(昭和16)年8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,307 字 · 25 页

青空文庫

そういう話を耳にするたびに、じぶんだけがのけ者にされているようで、源四郎の気持はすっかりまいっていた。

だから、直次から迎えの使者が来たときはすぐにそうと信じ兼ねたし、たしかにじぶんが呼ばれたと知ったよろこびはひじょうなものだったのである。

源四郎は馬をとばして行った。

安藤家の上屋敷は一ツ橋外の代官町にあった、馬で乗りつけた源四郎は、汗をぬぐう間もそこそこに奥へみちびかれた。

病間は二十畳ほどの広さで、二方の障子があけはなしてあり、病躯の臭みを消すためであろう、部屋いっぱいにきしめた香のかおりがただよっていた。……みとりの者は遠ざけられたとみえて、直次はただひとり、床のうえに起きなおり、脇息にもたれかかっていた。小柄ではあるが肉づきのいい老人だった。それがいまは見ちがえるほど痩せ、鉢のおおきな頭がいたいたしくめだっている、尻さがりの両眼にもまえほどの逞しい光はなかった。

――なんというおいたわしい姿だ。

源四郎はひと眼見て胸がいっぱいになった。

――これがおいえのために生涯を捧げつくした人の姿だ。八十二年というとしつき、ただ君家の礎となって身命をなげうって来た人の姿だ。