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ろうにんぎょう
蝋人形
小川 未明
「新小説」1908(明治41)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,886 字 · 10 页
或日のこと彼はしみじみと独り言のように、「東京へ帰らんけれやならんのか、もう海も今日限りで見納めだなア。」といって涙を目に湛えていた。
傍から父親が口を出して、
「又来年来い、夏の暑い盛りには来るがええだ。」といったが、清吉はそれには答えんで、眤と考え込んでいた。
清吉が熱心に三月の間工夫して造り上げた蝋人形の一つは過って炉壺の中へ落して溶してしまった。残った二つのうちの一つは清吉が東京への土産にするといって持って行った。後の一つはどうしたのか清吉に聞いて見なければ分らない。
かくて夏の末となって寂れ行くに早い片田舎は、はや何処となく初秋の色が見えた。清吉は再びに故郷を見捨てた。
また月日は三年ばかりたった。けれど清吉からは何のたよりもない。兵蔵は十年一日の如く、穢い狭い店の片隅で、ぶつりぶつりと蝋を煮て造り上げた大中小の蝋燭を別々の箱の中に納めて、赤、白との二種を造っている。女房は西向の暗い室で、厚い木綿を手許覚束なげに縫うては、他人の針仕事をして家計の助けをやっている。春は青葉で暗く冬は雪に埋れる田舎町で、一人の息子の成功を神に祈っているのだ。