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いなごのだいりょこう

蝗の大旅行

佐藤 春夫

「童話」コドモ社、1921(大正10)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,317 字 · 7 页

青空文庫

僕は笑いころげたい気持を堪えて、その蝗からしばらく目を放さなかった。いったい、この蝗はどこからどんな風に田中君の帽子へ飛び乗ったか。そうしてこの汽車でどこまで行くのだろうか。台中の近所は米の産地だからそろそろ取入れが近づいたというのでその地方へ出張するのだろうか。それともこの蝗はどこか遠方の親類を訪ねるのだろうか。それともまたほんの気紛れの旅行だろうか……。

汽車は次の停車場に着いた。四五人乗り込んだ。下りた人もあった。しかし蝗はじっとしてまだ遠くまで行くらしかった。その次の停車場でも、もう一つその次のでも下りはしなかった。やはり最初のとおりに行儀よく遠慮がちにつつましく坐っていた。新聞を読むのに気を取られている乗客たちは、誰一人この風変りな小さな乗客には目をとめなかった。これが結局この小さな乗客には仕合せであろう。

それにしてもこの蝗はどこまで遠く行くつもりであろう。もう今まで来ただけだって、人間にとっては何でもない遠さだが、彼にとっては僕が東京から台湾へ来たぐらい遠い旅であるかもしれない。それから、僕はそんなことを考えて見た。僕が東京から台湾へ来たのだって、世界を漫遊した人にとってはほんの小旅行に相違ない。