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ちょうのえ

蝶の絵

久生 十蘭

「週刊朝日別冊 記録文学特集号」1949(昭和24)年9月10日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,644 字 · 49 页

青空文庫

の実体は案外つまらない男だったが、助けたのも若い娘なら、殺したのも若い娘……絵でいえば、デッサンのたしかな戦争画の細部を見ているようで、複雑な感銘をうけた」

のんびりとそんな話に耽っていたのではない。内実は、みなすこしずつ腹をたてていた。八時になったが、まだやって来ない。空虚な時間を、あてどのない会話で埋めていく努力に嫌気がさしかけたころ、須田が欠伸まじりで伊沢の細君に、

「なんだか、あやしいことになってきた……安芸子さんが資生堂で見かけたというのはほんとうに山川だったのかな」

と無駄をいった。

「あやしいって、どうあやしいの?」

「戦争に行って、あいつが生きて帰ってくるという法はないからね。どう考えても非論理的だよ。それは安芸子さんの告白小説じゃないのか。山川に逢いたい逢いたいで、祈りだしたのとちがいますか」

「反魂香ですか? まさか」

伊沢の細君が、さらりと受け流した。

「おどろいたのは、あたしだけじゃないのよ。山川さん、薄鼠のダブルのスーツかなにか着て、前触れもなく、すうっと庭先へ入って来たので、上の常子姉さまは、あらと縁の柱にすがりついたきり、動けなくなってしまったって」