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ちょうのえ
蝶の絵
久生 十蘭
「週刊朝日別冊 記録文学特集号」1949(昭和24)年9月10日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,644 字 · 49 页
ネグロス島ではアルコールタンクの爆破、パナイ島では石原産業の社員が殺された。表面に出ているのは島の暴民だが、ゲリラを指揮しているのは、マニラの知識的な上層部だということがわかっている。こういう客観情勢によって、えぐいだけの憲兵伍長や、粗大派の憲兵分隊長の近づきえない、閉鎖階級に浸透する知的な特派要員が要請されていた。
十分検討したすえ、それならということで応召したが、かねて通達があったのだとみえ、入営するなり丙種学生に選抜され、占領地行政学と、謀略学を主とする、個人情報専門の短期特務教育を受けた。
比島地区での山川の生活は、一流のホテルか、フラットに居住をかまえ、白麻のスーツやタガログのカミーサを着こみ、名流や知識人の集まるサロン・バアで、丁寧な歩きかたをし、つつましく眼を伏せ、磨きのかかった微笑をし、軍部の無智に軽妙なあてこすりをいい、日本人は想像力が欠如しているから、他国民の統治は出来ません、などと呟き、知識的な民主主義者か、軍閥に対立する貴族の子弟といった印象を与えながら、相手の反応のなかから微妙な陰翳をとらえると、データを憲兵隊にわたし、すぐほかの地区へ転出する……そういう行態のくりかえしだった。