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かにこうせん
蟹工船
小林 多喜二
「戦旗」1929(昭和4)年5月、6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 61,890 字 · 125 页
もう海一面、三角波の頂きが白いしぶきを飛ばして、無数の兎があたかも大平原を飛び上っているようだった。――それがカムサツカの「突風」の前ブレだった。にわかに底潮の流れが早くなってくる。船が横に身体をずらし始めた。今まで右舷に見えていたカムサツカが、分らないうちに左舷になっていた。――船に居残って仕事をしていた漁夫や水夫は急に周章て出した。
すぐ頭の上で、警笛が鳴り出した。皆は立ち止ったまま、空を仰いだ。すぐ下にいるせいか、斜め後に突き出ている、思わない程太い、湯桶のような煙突が、ユキユキと揺れていた。その煙突の腹の独逸帽のようなホイッスルから鳴る警笛が、荒れ狂っている暴風の中で、何か悲壮に聞えた。――遠く本船をはなれて、漁に出ている川崎船が絶え間なく鳴らされているこの警笛を頼りに、時化をおかして帰って来るのだった。
薄暗い機関室への降り口で、漁夫と水夫が固り合って騒いでいた。斜め上から、船の動揺の度に、チラチラ薄い光の束が洩れていた。興奮した漁夫の色々な顔が、瞬間々々、浮き出て、消えた。
「どうした?」坑夫がその中に入り込んだ。
「浅川の野郎ば、なぐり殺すんだ!」