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ちまんだらしちょうぶし
血曼陀羅紙帳武士
国枝 史郎
「冨士」講談社 1939(昭和14)年9月~12月中絶、「血煙天明陣」桃源社 1970(昭和45)年に付載して完結公刊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,970 字 · 176 页
「さよう左門でござる。……その際は、お騒がせいたしましたな」
と、左門は、削けた、蒼白い頬へ皺を畳み煤色の唇を幽かにほころばせて微笑した。
(殺人者の左門と知ったら、怖がることであろうぞ)と思ったからである。
事実、栞は、その武士が、自分の屋敷で人を殺した、五味左門だと知ると、慄然とした。
(どうしよう?)
しかし、次の瞬間には、
(妾は、この人に悪いことをしていないのだから、殺される気遣いはない)と、初心の娘らしい心から、そう思った。
それに、自分の寝言に驚いて、紙帳の隅へケシ飛んで行った左門の様子が、いかにも笑止だったので、(この人、それほど悪い人でないに相違ない)
と、思った。
栞と左門とは、しばらく見詰め合っていた。
「一人のお侍様をお殺しになり、もう一人のお侍様の足を斬り落としなさいましたのね。……でも、よくよくのことがなければ、あのような惨酷いことは……」
と、ややあってから栞は考え深そうな様子で云った。
「きっとあの方達、あなた様に、よくよく悪いことを……」
「そうでもござらぬ」
「いいえ、きっとそうだと存じますわ。でも、あなた様というお方、気の弱い、臆病なお方でございますものねえ」