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ちまんだらしちょうぶし

血曼陀羅紙帳武士

国枝 史郎

「冨士」講談社 1939(昭和14)年9月~12月中絶、「血煙天明陣」桃源社 1970(昭和45)年に付載して完結公刊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,970 字 · 176 页

青空文庫

「今夜、何時に?」

と、頼母は、お浦を押しやった。

「あい、どうせ五郎蔵親分が眠ってから……子の刻頃……」

「間違いござるまいな」

「何んの間違いなど。……あなた様こそ間違いなく……」

「お待ちしましょう」

と、云い棄て、頼母は歩き出した。お浦は、その背後姿を、なお恍惚とした眼付きで見送ったが、

(妾ア、生き甲斐を覚えて来たよ)

紙帳の中

この夜が更けて、子の刻になった時、府中の旅籠屋、武蔵屋は寝静まっていた。

と、お浦の姿が、そこの廊下へ現われた。廊下の片側は、並べて作ってある部屋部屋で、襖によって閉ざされていたが、反対側は中庭で、月光が、霜でも敷いたかのように、地上を明るく染めていた。質朴な土地柄からか、雨戸などは立ててない。お浦は廊下を、足音を忍ばせて歩いて行った。廊下が左へ曲がった外れに、離座敷が立っていた。藁葺き屋根の、部屋数三間ほどの、古びた建物で、静けさを好む客などのために建てたものらしかった。離座敷は、月に背中を向けていたので、中庭を距てた、こっちの廊下から眺めると、屋根も、縁側も、襖も、一様に黒かった。お浦は、そこの一間に、自分を待っている美しい若衆武士のことを思うと、胸がワクワクするのであった。