轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

まちはふるさと

街はふるさと

坂口 安吾

「読売新聞 第二六三六七号~第二六五二〇号」1950(昭和25)年5月19日~10月18日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 193,435 字 · 389 页

青空文庫

人生は実用の如くで、実は、最もムダを活用すべきものだ、ということを骨の髄から会得している芸術家である。人為というものを自然の上におくことを天性としている人間であった。

しかし、人間には郷愁というものがある。たまには、炊事道具もない部屋で、乞食の心境を会得した十九の娘のモテナシをうけることは、マンザラではないかも知れない。それは休養というものである。

しかし、人生と休養をゴッチャにするのは、利巧な人間の為しうべからざることである。休養の場を、実人生の場の如くに、安定しきっているというのは、よくよくのバカのやることで、その安定が見るからにタノモシそうでも、実用の役に立つものではない。実用にならないものは、デクであり、バカバカしいの一語につきる。

「散歩もなさらないの?」

「そう云えば、このアパートから一歩も出たことがないね」

デクは今さら一歩もアパートから出なかったことを発見した様子であった。

「たまには街へでてごらんなさい。復興途上の街というものは一ヶ月に三年ぶんぐらい変るものですよ。一夏で銀座もまるで変りましたよ。食事がてらブラついてごらんなさい」

長平はオックウであった。