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うらぎり

裏切り

坂口 安吾

「新潮 第五一巻第九号」1954(昭和29)年9月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,343 字 · 70 页

青空文庫

「ウーム。私の血の匂いがする」

と小夜子サンは平気で荒海の吹きすさぶ風を吸ってなつかしがっていました。それから宿へ帰って、二人はとりいそぎコタツにしがみついた次第です。

「茶のみ友達ッて、どんなことをするの」

小夜子サンはこう云ってトオサンをからかったものです。トオサンもこれにはいたくてれまして、

「どうも、ね。今回が開校式で、かいもくメドがつかねえなア。とにかく今日の茶のみ話は寒かったね」

「トオサン、返事もしてくれなかったわ」

「あれでいいんだよ。茶のみ話てえものはね、あまり言葉なぞ用いねえ方がいい。私が子供のころ、オジイサンがきかせてくれた話なんだが、何十年も術をみがいて剣術の奥儀をきわめた名人があったそうだ。ある晩野道を歩いていると怪しきものがヌーと前に立ったから、オノレ妖怪と抜く手をみせず斬り倒した。ところが斬ったものを調べてみると枯尾花だったんだね。そこで剣の名人が天を仰いで歎息して、心の迷いであったか、アア、わが術いまだ至らず、もはや生きるカイもなし、とその場にどッかと坐り刀を逆手にもって腹を斬ろうとした。その時だね。斬られた枯尾花が走ってきて、その切腹待った! シッカと侍の手を押えたというのさ。