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さいぎょうのめ

西行の眼

下村 湖人

「青年」1933(昭和8)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,096 字 · 7 页

青空文庫

」と豪語していた。

一方、西行は、文覚のことを別に何とも思っていなかった。ただ、高雄に文覚という荒行者がいるそうだ、旅のついでに逢えたら逢おう、ぐらいに考えているだけであった。そして、文覚が、まだ見たこともない自分を、腹に据えかねていようなどとは、夢にも思っていなかったのである。

ところが、二人が出っくわす機会がついにやって来た。ある秋のゆうべ、西行は、その巨大なからだを寒そうな衣につつんで、のっそりと神護寺の門をくぐったのである。

西行の訪れたのを知った文覚の胸には、たちまち黄臭い煙が渦巻いた。今日こそは、いよいよ西行をぶちのめす機会が来た、と彼は思ったのである。

やがて二人は一室に対座した。

文覚は、嘗て伊豆に流されていたころ、頼朝にはじめて面接した時のように、目を瞋らしてじっと西行を見据えた。その瞳からは、焼けつくような炎がほとばしった。

これに対して、西行の眼は、水のように澄んでいた。文覚の眼から出た炎は、西行の眼の近くまで行くと、ひとりでに熱気を失った。しばらくするうちに、文覚は、自分の眼そのものまでがつめたくなって行くのを感じた。いや、冷たくなるというよりは、何か眼に見えない柔かいもので、自分の顔から、一切の毒気と熱気とを拭い去られるような、心地よさを感じた。