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さいかくとかがく
西鶴と科学
寺田 寅彦
「日本文学講座 第十五巻」改造社、1935(昭和10)年1月21日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,913 字 · 20 页
この所説を見ても西鶴の態度を科学的と見るという見方はおそらく多くの人に共通な見方であって自分が今ここに事新しく述べるまでもないことかも知れないであろうが、ただ自分が近頃彼の作品を乱読しているうちに特に心付いた若干の点を後日の参考また備忘のために簡単に誌しておきたいと思った次第である。
第一に気の付く点は、西鶴が、知識の世界の広さ、可能性の限界の不可測ということについて、かなりはっきりした自覚をもっていたと思われることである。この点もまたある意味において科学的であると云われなくはない。
科学者は実証なき何物をも肯定しないと同時に、不可能であると実証されない何物の可能性をも否定してはならないはずである。尤も科学者の中には往々そういう大事な根本義を忘れて、自分の既得の知識だけでは決して不可能を証明することの出来ない事柄を自分の浅はかな独断から否定してしまって、あとでとんだ恥をかくという例もあえて稀有ではない。こうした独断的否定はむしろ往々にしていわゆる斯学の権威と称せられまた自任する翰林院学者に多いのである。例えばダイナモの発明に際してある大家がその不可能を論じたにかかわらず電流が遠慮なく流れ出したのは有名な話である。