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とうろんにそくしてのかんそう
討論に即しての感想
宮本 百合子
新日本文学会第四回大会最終日に
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,896 字 · 29 页
去年の第一回民主主義文化会議の折にも、又新日本文学会の第三回大会にも云われたように、創造と普及の統一された活動の必要は今日でもまだくり返えされてよい点だと思います。
今日の討論の中で「小林多喜二的身がまえ」について発言がありました。窪川さんは、さき程この論点にふれて「感情をこめて討論されているが」という意味の微妙な表現をしました。たしかに小林多喜二的身まがえという表現そのものが、わたしたちの間で何か感情を刺戟する問題であるようです。徳永さんは、この夏或る座談会でこの問題にふれ、傍にいた私に「あれは創作方法の問題なのかね」といい、小林多喜二の「工場細胞」が当時の現実とは違っているという話がありました。わたしの理解するところでは、小林多喜二的身がまえというどちらかというと舌足らずな表現は、作家小林多喜二のあの精力的な、多面的な活動意慾と、解放運動の刻々の進展につれて、容赦なく自身を鞭撻しその課題に献身した、男らしいそしていかにも階級的芸術家らしい態度を、私たち民主主義作家は学んでよいという意味だと解釈しています。筆者もおおかたそのつもりで書いたのではないでしょうか。