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にんしきろんとはなにか
認識論とは何か
戸坂 潤
「認識論」戸坂潤、山岸辰蔵、三笠書房、1937(昭和12)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 58,432 字 · 116 页
な認識論は無批判なのである。リッケルト等のバーデン学派の認識論も、根本に於て変りはない。
尤もバーデン学派の形式的な「認識」の観念には、或る一つの特徴、或いは寧ろ一つの動揺があるのである。ヴィンデルバントは「真理への意志」という観点を導いて来ている。意志は決してニーチェと共に権力へばかり向かうものではなくて、真理へも向かうものだというわけだ。で真理はそういう意志の対象である。肯定せんと欲する対象である。価値なのだ。価値というからには価値感情の客体であらざるを得ない。すれば真理は意志感情の目標になるわけだが、処が之が「認識」の対象だという。つまり「認識」は情意と、この場合相蔽われていることが主張されているのだ。だが、にも拘らず、リッケルト達は価値の体系というようなものを考える。真理価値と道徳的価値と美的価値、それに宗教的価値、などの区別に特別な興味を示している。特にヴィンデルバントの場合は有名だろう(彼の宗教的価値である「聖なるもの」は多くの共鳴者を有っている。ハルナックの「ダス・ヌミノーゼ」の如き。又平泉澄氏の如きは之を利用して日本を中世化し、よって以て宗教化し聖化しようと企てている)。