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にんしきろんとはなにか
認識論とは何か
戸坂 潤
「認識論」戸坂潤、山岸辰蔵、三笠書房、1937(昭和12)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 58,432 字 · 116 页
他の理論を無視してよい認識などはあり得ないのだ。認識に於ける体系というものに就いても似たことを云うことが出来る。科学は自覚された理論的体系である。理論として自覚しているだけではなく、体系として自覚しているものである。だが凡ての認識が理論でないのは勿論、体系として自覚してもいないし、またしなければならぬとも云い切れない。物語り作品には筋というものはあっても体系というものはあり得ない。まして理論的体系をやである。
だがそれにも拘らず、一切の認識は体系乃至理論体系と無縁であることは出来ない。なぜなら、理論は常に体系的であったからだ。――併しそれだけではない。体系は認識に於て或る不可欠な性能でもあるのである。体系というと、出来上った図式か布置のようなものを普通考えたがる。だが之は体系の終結状態であって、体系の動きではない。体系とは実を云うと体系づけ、組織して行く過程、なのである。所謂体系は之に便宜上、どこか断面を造って見た体系の模型にすぎない。こういう模型としての体系は、必ずしも一切の認識の属性ではない。科学的理論はその認識の体系性を充分自覚しているあまり、外見上この模型的な静止体系をもつように思われるのだが、之とても事実はそうではない。