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にんしきろんとはなにか
認識論とは何か
戸坂 潤
「認識論」戸坂潤、山岸辰蔵、三笠書房、1937(昭和12)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 58,432 字 · 116 页
と叫ぶのを聞いたこともある。単に認識せよでは、どう考えても滑稽であるが、認識という言葉が日常的に使われた揚句、いつの間にか或る特別な内容の認識のことを意味するようになり、かくて却って、世間にはそのままでは通用しないような宗派的用語とさえなっていることを、吾々は注意しなければならぬ。これは日常的に通用しないことの結果ではなくて、悪く日常的に通用しすぎた結果だ。
だがこの言葉を宗派的に空疎な約束の下で使っているのは、決して社会の俗物ばかりではない。哲学者も亦、この言葉を必要以上の狭い約束の下に、ただの用語上の便宜として、用いていないとは云われない。カントは知識と認識とを区別した。新カント派の哲学者は之に倣って、ベカント(認知された)とエルカント(認識された)とを区別する。なる程この二つは同じことではない。知っていることと、識っていることとが違うように、二つは違う。だがベカントなものはエルカントなものになるのでなければ、本当ではない。と云うのはベカントにならねばならなかったその当初の目的が徹底しない。するとこの二つをただ区別しただけでは困る。二つを一貫して説明出来なくては困る。