轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

にんしきろんとはなにか

認識論とは何か

戸坂 潤

「認識論」戸坂潤、山岸辰蔵、三笠書房、1937(昭和12)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 58,432 字 · 116 页

青空文庫

概念を離れて具体ということを求めることは出来ない。又仮にヘーゲルの体系が或る終末を有つ固定したものであったにせよ、その内部に於ける溌剌たる運動性と過程とを見逃すことは許されない。そして又、ヘーゲルによる概念の自己発展や終局的な「体系」さえも、必ずしも彼の全部を代表するものではなくて、偶々その不本意な制限を云い表わす短所であるとも見ることが出来る(ヘーゲルの自己発展や体系は彼の見ようと欲した現実のディアレクティックと彼が取ろうと欲した方法そのものとを裏切るものであった)。だがそれにも拘らず、ジェームズのこの見当違いは、無意味ではなかったと私は考える。

と云うのは、ヘーゲル風の具体普遍説によると、認識の主観と認識対象との関係というものが、直接問題にならずに終って了うことに、気がつくだろう。模写説や明白説がそこをめぐって発生した処の、その問題の要点と思われる処が、的を外される。処がジェームズのプラグマティズムは、恰もこの点について、最も勇敢な批判をやろうというのだから、ヘーゲルの真理の観念が間抜けて見えたのも、無理ではないのだ。

プラグマティズムは、普通実用主義と訳される処から、卑近な誤解を招き易い。