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どくしょへんれき

読書遍歴

三木 清

「文芸」1941(昭和16)年6月~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,120 字 · 72 页

青空文庫

これは不幸なことであると思う。もちろん教科書だけに止まるのはよくない。教科書というものは、どのような教科書でも、何らか功利的に出来ている。教科書だけを勉強してきた人間は、そのことだけからも、功利主義者になってしまう。

もし読書における邂逅というものがあるなら、私にとって蘆花はひとつの邂逅であった。私の郷里の竜野は近年は阪神地方からの遊覧者も多い山水明媚の地であるが、その風物は武蔵野などとはまるで違っている。その土地で大きくなった私が武蔵野を愛するようになったのは、蘆花の影響である。一高時代、私はほとんど毎日曜日、寮の弁当を持って、ところ定めず武蔵野を歩き廻ったことがある。それはその頃読んでいた芭蕉などに対する青年らしい憧憬でもあったが、根本はやはり『奥の細道』でなくて『自然と人生』であった。蘆花を訪ねたことはついになかったが、彼が住んでいた粕谷のあたりをさまよったことは一再ではない。利根川べりの息栖とか小見川とかの名も蘆花を通して記憶していて、その土地を探ねて旅したこともある。彼によってまず私は自然と人生に対する眼を開かれた。もし私がヒューマニストであるなら、それは早く蘆花の影響で知らず識らずの間に私のうちに育ったものである。