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こうだんせんせい

講談先生

坂口 安吾

「現代文学 第六巻第三号」1943(昭和18)年2月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,706 字 · 4 页

青空文庫

近頃の例で言えば何々参謀談という作戦談のようなものがそれで、あそこにも語る人の性格は失われ、事実そのものが物語るような力になっている。

僕がこのことに具体的に気がついたのはスタンダールの小説を読んだときで、スタンダールが、いわば、外国的講談口調の語り手なのである。スタンダールは描写や説明ということを、やらない。

日本の講談には語り手の性格がないように、語られている人物にも性格がない。善玉悪玉の型があるばかりである。これは演者の教養や観点が固定しているからで、こういう最悪の欠点は学ぶ必要がないけれども、然し、之を逆に言うと、スタンダールも型だけしか書いていないのだ。

だが、スタンダールは常に創作し、進歩する。新らしい型が生れている。之だけが講談と違う。尤も、これ一つ違うだけで、月とスッポンの違いになる。

講談それ自体は馬鹿らしいものだけれども、我々は、どこから何を学びとっても、値打には変りがない。

講談は自分が歴史を見てきたように語っている。「まことに困った奴でございます」とか「こう言いながら蔭で赤い舌をペロリと出しました」などと実に心易いもので、私がちゃんと見てきたのだから、文句は言わずに、信用しなさい、という立前なのである。