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あかいかしゃ

赤い貨車

宮本 百合子

「改造」1928(昭和3)年11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,168 字 · 71 页

青空文庫

それを洗って元に戻すまで、オルロフの水のように冷たいねばっこい眼付がつけて来るような気がした。

リザ・セミョンノヴナとオルロフはすべてに正反対であった。例えばリザ・セミョンノヴナは室掃除のことでいつか小言を云ったことがあるだろうか。南京虫がくった朝だけ、リザ・セミョンノヴナは、

「ごらん、ナースチャ」

柔らかな肢でも手でも、赤くふくれたところをナースチャにつきつけて云うのであった。

「恥しくないかい」

アンナ・リヴォーヴナが寝室の戸棚へしまっておくミヤソニツカヤ通のおそろしい臭いの南京虫退治薬をまけと云うだけのことなのであった。

オルロフのいるうちに、なるたけ彼の部屋は掃除しなければならない。オルロフは室を去らず、ナースチャが机の上をいじっている時に、椅子の上から、椅子の下をはくときは衣裳棚の前に立って監視した。

「どうぞ御親切に、ナースチャ、その暦はインキ壺の右の肩のところへおいて下さい」

または、

「あれが見えないかね、可愛いナースチャ」

猫背のオルロフが水のような眼で見ているところは寝台の下で、鞄の端に一条の糸屑が引っかかっているのであった。

九