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ちょうかきんむ

超過勤務

山本 周五郎

「文藝朝日」朝日新聞社、1962(昭和37)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,619 字 · 31 页

青空文庫

ものがあるか、死ぬほど恋した娘にも手を出さず、人のいやがる超過勤務をよろこんで引き受け、腰を低く、出しゃばらないように絶えずびくびくし、さて、この十一月には停年なんだ、――長いあいだの地下室生活で、右の膝の痛風が持病になった、これだけはたしかに自分の得たものだ、ほかになにがある、なにかほかに、――うんある、もう一つだけある、いじらしい堪忍袋という綽名だ、たしかに、この二つだけはおれの得たものだ」

彼はせかせかと右のほうへゆき、くるっと振り向いて、せかせかと左のほうへゆき、急に立ちどまると、いんぎんに一揖した。

「みなさん、私を見てください」彼はそこに誰かがいるように、自分を指さしてみせながら云った、「この私をどうぞよく見てください、この痩せた、しらが頭の、膝に痛風を病む小男の姿を」それから、自分を指さしていた手で、拳をにぎり、天突き体操のように、二度、それを上へ突きあげた、「だが、いまこそこんなみじめな姿になったが、私にも若いときがあったし、人並に夢もいだき野心に燃えたこともあった――ごく短い期間でしたけれどもね、とにかく自分の将来にかがやかしい