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えちごのふゆ

越後の冬

小川 未明

「新小説」1910(明治43)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,272 字 · 15 页

青空文庫

「ああ、もう晩方になった。まだお母は帰って来やしゃらん……。」

太吉は坂を下って、杉林の処まで来た。けれど母の姿は、まだ見えなかった。暮れるに早い山の林――その下蔭が暗くなった。山雀やら、四十雀やら、その他の小鳥が、チェンチェンツーツーと林の暗い、繁みで小啼をしていた。

「お母!」と呼んで見た。

けれど、その声は空しく木精に響いたばかりだ。魂消たものかパタパタと鳥の羽叩きしたのが聞えた。

耳を澄すと、水車の音が此処まで聞えて来る。ただ悲しいと思ってその音に耳を澄していると、

「お母――病気で――死にそうになって――道で臥れていやしゃ――る。」

と歌っているような。その歌っているのが、誰かが歌っているような。その誰かが自分であって、自分の心が歌っているような。そうかと思うとやはり水車が歌っているような。――太吉は、母が病気で道で臥れているのでないかと思った。

そう思うと胸の裡が騒ぎ出した。もう一刻もこうやっていられなくなった。彼は仕度をしようと走って家へ帰った。家へ入ると急に中が真暗になったようで、窓から明りが差し込んでいるばかり。それも悲しい晩方の空の色に、何となく一家の不幸を語っているようだ。