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くるま
車
寺田 寅彦
「ホトトギス 第三巻第十二号」1900(明治33)年9月10日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,054 字 · 3 页
自分はこの車夫に椎茸と云う名をつけた。それは影法師の形がいくらか似ていると思ったからである。街道に沿うた松並木の影の中をこの椎茸がニョキ/\と飛んで行くのがドンナに可笑しかったろう。朝はこの椎茸が恐ろしく長くて、露にしめった道傍の草の上を大蛇のようにうねって行く。どうかするとこの影が小川へ飛込んで見えなくなったと思うと、不意に向うの岸の野菊の中から頭を出す。出すかと思うと一飛びに土堤を飛越えてまた芒の上をチラリ/\して行く。なお面白いのは日が高くなるにつれて椎茸が次第に縮んで、おしまいにはもう椎茸とも何とも分らぬものになって石ころ道の上を飛び飛び転がって行く。少し厭き気味になると父上に謡をうたえの話をせよのとねだっているうちに日が西に傾く。しかし今度は朝のような工合に行かぬ。大体が西を向いて行くのであるから、椎茸は車の右脇へ頭を出したり左へ出したり。どうかすると自分の脚の上へ来るのでキャッ/\と大騒ぎをする。こんな坊チャマを膝へ乗せた父上も大概な事ではなかったらしいが、椎茸もトンダ目に会ったものだ。この椎茸少々宜しからぬ事があって途中から免職になったのはよかったが、その後任の爺さんがドーモ椎茸でなかったので坊チャン一通りの不平でない。