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かるいざわ
軽井沢
寺田 寅彦
「経済往来」1933年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,190 字 · 13 页
のであった。「どうかするんじゃないかしら。」そんな暗い予感の言葉が同時に一行の口から出た。草津入浴のついでにこのへんを見物に来たのだろうというものもあった。しかし、当人は存外のんきに歌でも詠んでいたのかも、それはわからない。顔の粉っぽいのは白粉のつけそこねであったかも、それはわからない。
軽井沢の駅へおりた下り列車の乗客が、もうおおかたみんな改札口を出てしまったころに、不思議な格好をした四十前後の女が一人とぼとぼと階段をおりて来た。駅員の一人がバスケットをさげてあとからついて来る。よれよれに寝くたれた、しかも不つりあいに派手な浴衣を、だらしなく前上がりに着て、後ろへはほどけかかった帯の端をだらりとたらしている。頭髪もすずめの巣のように乱れているが、顔には年に似合わぬ厚化粧をしている。何かの病気で歩行が困難らしい。妙な足取りでよちよち歩いて来るそばを、駅員がその女の持ち物らしいバスケットをさげてすましてついて来た。改札口を出るとその駅員は、草津電鉄のほうを指さして何か教えているらしかった。女が行ってしまうとその駅員は、改札係と、居合わせた警官と三人で顔を見合わせて何か一言二言言ってにやにや笑っていた。