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きんせいかいじんでん

近世快人伝

夢野 久作

「新青年」1935(昭和10)年4月号~10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 79,469 字 · 157 页

青空文庫

『ホラ……余り物ば遣るぞ』

と云うて蒲鉾小舎の入口に乾いて在る面桶に半分ばかり入れてやりましたので、非人はシキリに押頂いておりましたが、暫くしてから行ってみますと、喰うたと見えて面桶が無い。本人もまだ生きて煙草を吸うている様子です。そこで安心して皆で喰べましたが、美味う御座いましたなあ。ソレは……トテモ良え気持に酒が廻わってしまいました。

それから帰り途にその非人の処を通りかかりましたが、酔うたマギレの上機嫌で、

『最前の味噌チリ喰うたか』

と尋ねてみますと老人の躄の非人が入口に這い出して来てペコペコ拝み上げました。

『ヘイヘイ。ありがとう様で御座ります。アナタ方も召上りましたか』

と爛れた瞳をショボショボさせました。

『ウン。喰うた。トテモ美味かったぞ』

と正直に答えますと、暫く私どもの顔を見上げておりました非人は、先刻、呉れてやった味噌チリの面桶を筵の蔭から取出しました。

『ヘイ。それなら私も頂戴きまっしょう』

とモウ一ペン面桶を拝み上げてツルツル喰い始めたのには驚きました。非人で試験してみるつもりが、正反対に非人から試験された訳で……。

これはマア一つ話ですがそげな来歴で、後日にはそのナメラでも満足せんようになって、そのナメラの中でも一番、毒の強い赤肝を雁皮のように薄く切ります。