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きんせいかいじんでん

近世快人伝

夢野 久作

「新青年」1935(昭和10)年4月号~10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 79,469 字 · 157 页

青空文庫

大正元年頃であった。桂内閣の憲政擁護運動のために、北海道の山奥から引っぱり出された奈良原到翁は、上京すると直ぐに旧友頭山満翁を当時の寓居の霊南坂に訪れた。

互いに死生を共にし合った往年の英傑児同志が、一方は天下の頭山翁となり、一方は名もなき草叢裡の窮措大翁となり果てたまま悠々久濶を叙する。相共に憐れむ双鬟の霜といったような劇的シインが期待されていたが、実際は大違いであった。両翁が席を同じゅうして顔を見合せてみると、双方ともジロリと顔を見交してアゴを一つシャクリ上げた切り一言も言葉を交さなかった。知らぬ者が見たら、銀座裏でギャング同志がスレ違った程度の手軽い挨拶に過ぎなかったが、しかし、その内容は雲泥の違いで、両翁とも互いに、往年の死生を超越して気魄が、老いて益々壮なるものが在るのを一瞥の裡に看取し合って、意を強うし合っているらしい。その崇高とも、厳粛とも形容の出来ない気分が、席上に磅して来たので皆思わず襟を正したという。

それから入代り立代り来る頭山翁の訪客を、奈良原翁はジロリジロリと見迎え、見送っていたが、やがて床の間に置いてある大きな硯石に注目し、訪客の切れ目に初めて口を開いた。