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ついおく

追憶

宮本 百合子

「宮本百合子全集 第二十九巻」新日本出版社、1981(昭和56)年12月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,363 字 · 35 页

青空文庫

或る大変吹き降りのする日に、学校から帰ると母の止めるのもきかずに合羽を着小さい奴傘を差して病院に出かけた。

多分独りだったと思う。

まだあんなに道路の改正されない間の本郷の大通りは雨が降るとゴタゴタになって今では想像もされない程ひどい路であった。

ころばない要心にどんな大雨でもそれより外履いた事のない私の足駄――それは低い日和下駄に爪皮のかかったものである――では、泥にもぐったり、はねがじきに上ったりして大層な難儀をしなければならなかった。

小一時間も掛って漸う赤門の傍まで来た時、車をよける拍子か何かに、引ったくる様にして持って来たリンゴを風呂敷の包み目から二つ程、ドロンコの中にころがして仕舞った。

どんな工合にしてそれを持って行ったか覚えないが、とにかくどうにか斯うにかして病室にたどり付いて、母に教えられてある通り猫の様にカタリとも云わせずに戸をあけて入ると、叔父は薄目をして、

「おようか。

とぼやけた声で云った。

「おようさん」と云うのは叔父の妹で真に好い人であったが若くて死んだ人である。

此の叔母ちゃんに就ても私は種々な思い出を持って居る。

けれ共、じきに叔父は私だと云うのを知って、大変によろこんで呉れた。