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みちづれ

道づれ

宮本 百合子

「文芸」1937(昭和12)年11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,491 字 · 41 页

青空文庫

艶のある彼女の眼や紅がいくらか乾いてついている唇に、呼べばすぐ応えそうな柔軟さが溢れているのであった。

瑛子が椅子にかけている窓際は、大階段をのぼって来たすべての人が、さてという気持で先ず視線をあげるその真正面に当っていた。それだのに瑛子は、そこから誰が、いつ現れて来ても困ることはないという風な全くの公然さで、人目に立つ自分をそこに置いているのであった。

田沢が選び出したドイツ語の心理学の本の代を瑛子が支払った。片隅に小ぢんまりした茶をのませる席がある。二人は、棕梠の葉の陰になっている小卓を挾んで腰かけた。

田沢は、エアシップに火をつけて、さもうまそうに、きつく吸いこんで、ゆっくり烟をふき出した。

「疲れたでしょう?」

「そうでもない」

片手の指に煙草をはさんだなりコーヒーを一口すすって田沢は、

「――考えるとおかしいな」

と、すこし硬ばったような笑いかたをした。

「宏子さんがここへ入って来たらどうだろう」

瑛子はふっと顔をそらして、堅い声で、

「あのひとが来るはずなんかありゃしません」

嫌厭をあらわした眼付を田沢の顔の上へかえした。宏子がここで本を買うことの出来るような金をやってない。