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どうけやく
道化役
豊島 与志雄
「中央公論」1934(昭和9)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,093 字 · 42 页
そこに、何かしら滑稽な体面があった。それを私は思い出して、むず痒いような気持になり、構内の高い円い天井の下で、自分の黒いソフト帽を思いきり投げてやった。落ちてくるところを宙に受けて、また投げ上げた。三度目に投げようとすると、私の腕は強く引止められた。社の一人の同僚が、腹を立てて、烈しい気勢で私を押えてるのだった。私も腹が立ったが、諦めて、帽子を頭にのせた。そんなところで帽子を投げることは許されないのであろう。
――手記はこれで終っている。恐らく、もっと書く筈だったのが、何かのために中絶されたものらしい。普通なら、こんな尻切の手記はあるものでない。
この手記を村尾は、島村と公然の深交を持ってる静葉に託した。もう夜の十一時すぎで、馴れない出先だったが、客からの名指しで是非にということだったので、静葉はやっていくと、すっかり酔っ払ってる村尾だった。新聞紙に包んで紐で結えたものを彼は差出して、ひどく大切なもので、郵便で出したくないし、直接島村さんに渡すのも都合が悪いから、君から手渡して下さいと、静葉に頼んだ。その用件をすますと、村尾はまたしきりに酒をのみ、島村の代りに聞けといって、静葉にはよく分らないことを饒舌りたてた。