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どうけやく

道化役

豊島 与志雄

「中央公論」1934(昭和9)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,093 字 · 42 页

青空文庫

「あたしだってこと、お分りになりましたの。」

彼女は一寸お辞儀をしてから、微笑みながら私を眺めてそういった。少し小首を傾げ、乱視めいた眼付で、口をとがらした、その笑顔は、昔の通りだった。だがずっと老けて、肥っていた。

「まるで分らなかった。浜田さんなんていうもんだから……。」

「お訪ねして、いけなかったかしら。」

「いいえ、ちっとも……。」

私の心は不思議なほど落付いていた。彼女も落付き払ってるようだった。金紗の着物も縫紋の羽織も、もう何度か水をくぐったらしい萎びかたをしていたが、その粗末なみなりがしっくり身体につくほど、彼女は肥って世帯じみていた。あれから名古屋に帰って、暫く小さな店を出してみたが、思わしくないので、今では姉の家に厄介になってるとか、ちょっと用があって東京に出て来たので、どうなすってるかと思って、お訪ねしてみたのだとか、そんなことを彼女は微笑みながら云うのだった。その微笑みから、またその様子から、七八年前の彼女が淡く浮んできた。神田の裏通りの小さなバーにいて、その頃半年ばかりの間、月に二三回、私は彼女を外に連れ出したことがあった。公然とそういうことが出来るバーだったし、彼女も公然と振舞っていたし、他に幾人も男の客があることも分っていたし、凡てが明るい取引だったので、私は却って気が安らかだった