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じゃしゅうもん

邪宗門

芥川 竜之介

「東京日日新聞」1918(大正7)年10~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,184 字 · 79 页

青空文庫

、ついぞそれらしい事を口に出して、仰有った例はございません。しかし忍び忍びに御姫様の御顔を拝みに参ります事は、隠れない事でございますから、ある時、それを枷にして、御同輩の誰彼が、手を換え品を換え、いろいろと問い落そうと御かかりになりました。すると鴉の左大弁様は、苦しまぎれの御一策に、

「いや、あれは何も私が想を懸けているばかりではない。実は姫の方からも、心ありげな風情を見せられるので、ついつい足が茂くなるのだ。」と、こう御逃げになりました。しかもそれを誠らしく見せかけようと云う出来心から、御姫様から頂いた御文の文句や、御歌などを、ある事もない事も皆一しょに取つくろって、さも御姫様の方が心を焦していらっしゃるように、御話しになったからたまりません。元より悪戯好きな御同輩たちは、半信半疑でいらっしゃりながら、早速御姫様の偽手紙を拵えて、折からの藤の枝か何かにつけたまま、それを左大弁様の許へ御とどけになりました。

こちらは京極の左大弁様で、何事かと胸を轟かせながら、慌て御文を開けて見ますと、思いもよらず御姫様は、いかに左大弁様を思いわびてもとんとつれなく御もてなしになるから、所詮かなわぬ恋とあきらめて、尼法師の境涯にはいると云う事が、いかにももの哀れに書いてあるではございませんか。