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さけのついおく

酒の追憶

太宰 治

「地上」1948(昭和23)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,870 字 · 14 页

青空文庫

あんな小さい盃で二、三杯でも、もはやそのような騒ぎなのだから、コップ酒、茶碗酒などに到っては、まさしく新聞だねの大事件であったようである。これは新派の芝居のクライマックスによく利用せられていて、

「ねえさん! 飲ませて! たのむわ!」

と、色男とわかれた若い芸者は、お酒のはいっているお茶碗を持って身悶えする。ねえさん芸者そうはさせじと、その茶碗を取り上げようと、これまた身悶えして、

「わかる、小梅さん、気持はわかる、だけど駄目。茶碗酒の荒事なんて、あなた、私を殺してからお飲み。」

そうして二人は、相擁して泣くのである。そうしてその狂言では、このへんが一ばん手に汗を握らせる、戦慄と興奮の場面になっているのである。

これが、ひや酒となると、尚いっそう凄惨な場面になるのである。うなだれている番頭は、顔を挙げ、お内儀のほうに少しく膝をすすめて、声ひそめ、

「申し上げてもよろしゅうございますか。」

と言う。何やら意を決したもののようである。

「ああ、いいとも。何でも言っておくれ。どうせ私は、あれの事には、呆れはてているのだから。」

若旦那の不行跡に就いて、その母と、その店の番頭が心配している場面のようである。