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さけさかずきとっくり
酒・杯・徳利
山本 周五郎
「ぬかご」ぬかご社、1934(昭和9)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 4,047 字 · 9 页
書架の蔭から土瓶と酒徳利とを持ち出し、※(「睹のつくり/火」、第3水準1-87-52)物の鍋を机の上へ取り除けて、酒をつぎ入れた土瓶を火鉢にかけ、それから土間へ下りてバケツの水の中から、盃と箸とを摘みあげた。仕度が出来ると青年は戸納をあけ、どてらを取り出して着込んでから、机の前へどっかりと坐った。
口の欠けた土瓶の中で、酒は熱く、手のもげた、へこみだらけの鍋の中で、鮒は骨までやわらかに※(「睹のつくり/火」、第3水準1-87-52)えていた、歪んだ三文盃には、悪い地酒のあかに染んだふた条の罅がいっている、青年は酒をはじめた。
「一杯、一杯、また一杯――」
青年は額を高く挙げた、地醸の酸い酒は、舌を滑り喉を潤おし、刺すように胃へしみた。鮒の香りとこまかい脂肪の溶け込んだ味噌汗は、酒の酸味の残った舌の上に、濃く溢れひろがって、次に含む酒の刺激を快く緩和した。青年は手を伸ばし、書きかけの紙を引寄せて覗きながら読む。
「弘高 それで貴様は三度同じことを云ったぞ。
清明 わしは博士阿倍ノ清明だ。
弘高 神慮汝の上に安かれ。
(弘高大股に歩み去る)――幕。」
青年は唇に快心の微笑をうかべた。