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じゅうきちひょうりゅうきぶん

重吉漂流紀聞

久生 十蘭

「小説公園」1952(昭和27)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,456 字 · 52 页

青空文庫

正月もすぎ、二月も送り、三月の末になると、誰彼なくいちように身体が腫れてきた。重吉は真水をとったあとの苦汗湯を浴びていたのでそうしたこともなかったが、月の終り頃になるとみな頭まで腫れがきて、寝框にあおのけに寝たきり、眼玉を動かすこともできず、追々たよりないようすになって、親や妻子や兄弟の名を呼びながら「重湯をつくってくれ」の、「素麺を食おう」の、「早く西瓜を切らないのか」のと譫言を言うようになった。重吉は及ぶかぎりに身体をまわして介抱してやったが、今までは十三人で手分けしてやっていたことを一人でひきうけ、そのうえ十二人の看病までするので、半月ほどすると、疲れはてて身を起すこともできないようになった。

「とても一人でやれる業ではない。親兄弟というわけでもあるまい。なかには他国者もいるというのに、こんなに身を苦しめるのは、つまらぬことだ」

と神棚の下へゴロリと寝ころがったが、いや、そうではない。知らぬ他人とはいえ、おなじ船に乗りあわせ、こういうめぐりあわせになるのは、前世でこの人々の恩をうけ、今生でそれを返す番になったというようなことなのにちがいない。