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じゅうきちひょうりゅうきぶん

重吉漂流紀聞

久生 十蘭

「小説公園」1952(昭和27)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,456 字 · 52 页

青空文庫

わけても音七は逆上する気味があるので、空なのぞみに焦立って、気でもちがわれては事である。たしかな宛ができるまではと、その日はわざと知らせずにおいた。

風は南からも西からも吹き、汐路の便宜もないことで、島々のありかをまなかいに見ながら、着かず離れずといったぐあいにおなじところを漂っていたが、それでも毎日すこしずつそちらへ流れ寄って行き、一月の二十八日には陸岸の模様の見えるところまで近づいた。一体が岩島だが、草の生えた丘もあれば谷間もあり、いかさま人の住んでいそうなようすなので、狂気のように麾をあげたが、風が変って船が南へ流れ、見る見るうちに岸から離れてしまった。島山の影は一波ごとに後へ退って行き、二月七日の正午頃には点ほどになって見えていたが、間もなく雲にまぎれてそれさえわからなくなってしまった。後で聞くと、それは南部カリフォルニア州の沖にある無人島だということであった。さすがの重吉も落胆し、もう海など眺めるのはやめようと一旦は決心したが、これで陸地のある方角がわかったわけだから、油断なく見張っていれば、そのあたりを通る船に行逢うかもしれないと思いなおし、舳の三角になったところに日除の苫を掛け、日の出から日没まで、東北のほうばかりを眺め暮していた。