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じゅうきちひょうりゅうきぶん

重吉漂流紀聞

久生 十蘭

「小説公園」1952(昭和27)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,456 字 · 52 页

青空文庫

ようやくのことで帆はおろしたが、それでどうなるというのでもない。波と風とに翻弄されながら、闇黒の海の上を飄々と吹流されて行くうち、夜の八ツ時、伊良胡崎の燈台の火が見えた。この崎から伊勢の港湾までは五里足らずだから、「助けたまえ、お伊勢さま」とそのほうへ向いて拝んでいるとき、急に風が戌亥にまわった。いままで東北から吹いていた風が反対の西北に変ったので、波の余勢が風にあおられて山のような逆浪が立ち、海面いちめん煮釜が湯玉をあげるように沸きたつなかを船が後へ後へと戻りはじめた。せっかく伊勢の近くまで来て、後帰りするさえ迷惑なのに、帆柱にあたる風ばかりのため、五十里を二刻ほどで走り、翌五日の夜明けごろ、要吉が海へ落ちた御前崎の近くまで吹き戻されてしまった。

船乗は迷信深いものだから、つまらぬ気迷いを起さねばいいがと案じていると、果して伊豆柿崎の三郎助という水夫が、端舟を捨ててやらなかったので、要吉の怨みで船がひき戻されたのにちがいない、死んだものの思いのかかった端舟だから、この際、どうでも捨ててもらわねばならぬと、血相変えて強談にかかった。そこで重吉は、