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じゅうきちひょうりゅうきぶん
重吉漂流紀聞
久生 十蘭
「小説公園」1952(昭和27)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,456 字 · 52 页
コザクの見送りはそこでひきとり、奥から三十二、三の大小姓とも思われるようなひとが迎えに出て、こちらへというこなしで奥まった広い座敷へ連れて行った。
しばらくすると、横手の大扉が開き、見る眼にも眩しい金銀飾りのついた服を着たひとが、書役のような男を連れて入って来て、にこやかに笑いながら日本語で、
「七百日の難船は、たいへんなこと」
と挨拶した。
七十を一つ二つ越えたかと思われる年恰好で、頭は禿げあがって毛が一本もなく、大寺の和尚といった見かけであった。しかし年ほどの老けは見えず、頬などもいたって血色がよく、声はやわらかく滑らかで、鶯が鳴いているのを聞くような心持がした。これが奉行のバラノフというひとであった。
難船の顛末を語れということで、これもお取調べのうちだと思い、あとの難儀にならぬように言葉を慎しみながら話した。奉行は逐一聞いていて、わからない言葉に出逢うと、日本とロシアの言葉を並べた言葉の節用といった本をだし、指で字を押しながら、
「お前の言おうとする言葉は、この字か、それとも、この字か」と聞きかえした。
取調べが終ると、次の間で酒と料理が出た。