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やこ

野狐

田中 英光

「知識人」1949(昭和24)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,615 字 · 39 页

青空文庫

私はとっさに情欲よりも、もっと高い愛情にうちのめされた気になった。私の帰るべきところは結局、ここより他にないともう一度、信ぜられた。

私はオバさんを帰してから、桂子を膝の上に抱いて、雨アラレと色々なことをきいた。

「ぼくがいないんで、本当に淋しかった」

「誰も好きなひとができなかった」

「一度ぐらい浮気をしてみた」

私には桂子が別れた時より、ずっとポッチャリ肥ってしまったのが、ちょっと、気になった。私がこんなに痩せるほど、桂子を思っていたのに、桂子は、その半分も私を思ってくれなかったのであろうか。しかし桂子の次のような甘い言葉の数々が、充分、私のそうした疑念を打消したのだった。

桂子はハリキッた肉体を身もだえさせ、こんなに言った。

「さびしかったわ。時々、夜中に靴の音が聞えると、ひょっとあなたが帰ってきて下さったかと思って目が覚めるのよ」

「勿論、誰も好きなひとなんかできるはずがないじゃないの」

「浮気」彼女は柳眉を逆立てていう。「笑談じゃないわ。あんなところに、お勤めしていても、あたしだけは真面目で通したのよ。だから、日に四百円ぐらいしか、平均の収入なかったのよ」