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ななこ
野菊の墓
伊藤 左千夫
伊藤左千夫『野菊の墓』。同一底本的分册已合并为一书。收入:奈々子、隣の嫁、春の潮。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 71,271 字 · 144 页
省作はここにまごまごしていると、すぐ呼びたてられるから、今しばらく家のものの視線を避けようとしていると、おはまが水くみにきた。
「省さん、今日はきっと負かしてやります」
「ばかいえ、手前なんかに片手だって負けっこなしだ」
「そっだらかけっこにせよう」
「うん、やろ」
おはまはハハハッと笑って水をくむ。
「はま……だれかおれを呼んだら、便所にいるってそういえよ」
「いや裏の畑に立ってるってそういってやらア」
「このあまめ」
省作は例の手段で便所策を弄し、背戸の桑畑へ出てしばらく召集を避けてる。はたして兄がしきりと呼んだけれど、はま公がうまくやってくれたからなお二十分間ほど骨を休めることができた。
朝露しとしとと滴るる桑畑の茂り、次ぎな菜畑、大根畑、新たに青み加わるさやさやしさ、一列に黄ばんだ稲の広やかな田畝や、少し色づいた遠山の秋の色、麓の村里には朝煙薄青く、遠くまでたなびき渡して、空は瑠璃色深く澄みつつ、すべてのものが皆いきいきとして、各その本能を発揮しながら、またよく自然の統一に参合している。省作はわれ自らもまた自然中の一物に加わり、その大いなる力に同化せられ、その力の一端がわが肉体にもわが精神にも通いきて、新たなる生命にいきかえったような思いである。