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のぎくのはか

野菊の墓

伊藤 左千夫

「ホトトギス」1906(明治39)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,539 字 · 67 页

青空文庫

西の方の空は一体に薄紫にぼかした様な色になった。ひた赤く赤いばかりで光線の出ない太陽が今その半分を山に埋めかけた処、僕は民子が一心入日を拝むしおらしい姿が永く眼に残ってる。

二人が余念なく話をしながら帰ってくると、背戸口の四つ目垣の外にお増がぼんやり立って、こっちを見て居る。民子は小声で、

「お増がまた何とか云いますよ」

「二人共お母さんに云いつかって来たのだから、お増なんか何と云ったって、かまやしないさ」

一事件を経る度に二人が胸中に湧いた恋の卵は層を増してくる。機に触れて交換する双方の意志は、直に互いの胸中にある例の卵に至大な養分を給与する。今日の日暮はたしかにその機であった。ぞっと身振いをするほど、著しき徴候を現したのである。しかし何というても二人の関係は卵時代で極めて取りとめがない。人に見られて見苦しい様なこともせず、顧みて自ら疚しい様なこともせぬ。従ってまだまだ暢気なもので、人前を繕うと云う様な心持は極めて少なかった。僕と民子との関係も、この位でお終いになったならば、十年忘れられないというほどにはならなかっただろうに。

親というものはどこの親も同じで、吾子をいつまでも児供のように思うている。