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のぎくのはか
野菊の墓
伊藤 左千夫
「ホトトギス」1906(明治39)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,539 字 · 67 页
目の先七八間の所は木の蔭で薄暗いがそれから向うは畑一ぱいに月がさして、蕎麦の花が際立って白い。
「何というえい景色でしょう。政夫さん歌とか俳句とかいうものをやったら、こんなときに面白いことが云えるでしょうね。私ら様な無筆でもこんな時には心配も何も忘れますもの。政夫さん、あなた歌をおやんなさいよ」
「僕は実は少しやっているけど、むずかしくて容易に出来ないのさ。山畑の蕎麦の花に月がよくて、こおろぎが鳴くなどは実にえいですなア。民さん、これから二人で歌をやりましょうか」
お互に一つの心配を持つ身となった二人は、内に思うことが多くてかえって話は少ない。何となく覚束ない二人の行末、ここで少しく話をしたかったのだ。民子は勿論のこと、僕よりも一層話したかったに相違ないが、年の至らぬのと浮いた心のない二人は、なかなか差向いでそんな話は出来なかった。しばらくは無言でぼんやり時間を過ごすうちに、一列の雁が二人を促すかの様に空近く鳴いて通る。
ようやく田圃へ降りて銀杏の木が見えた時に、二人はまた同じ様に一種の感情が胸に湧いた。それは外でもない、何となく家に這入りづらいと言う心持である。