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のぎくのはか
野菊の墓
伊藤 左千夫
「ホトトギス」1906(明治39)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,539 字 · 67 页
「政夫さん……」
出し抜けに呼んで笑っている。
「私もお母さんから云いつかって来たのよ。今日の縫物は肩が凝ったろう、少し休みながら茄子をもいできてくれ。明日麹漬をつけるからって、お母さんがそう云うから、私飛んできました」
民子は非常に嬉しそうに元気一パイで、僕が、
「それでは僕が先にきているのを民さんは知らないで来たの」
と云うと民子は、
「知らなくてサ」
にこにこしながら茄子を採り始める。
茄子畑というは、椎森の下から一重の藪を通り抜けて、家より西北に当る裏の前栽畑。崖の上になってるので、利根川は勿論中川までもかすかに見え、武蔵一えんが見渡される。秩父から足柄箱根の山山、富士の高峯も見える。東京の上野の森だと云うのもそれらしく見える。水のように澄みきった秋の空、日は一間半ばかりの辺に傾いて、僕等二人が立って居る茄子畑を正面に照り返して居る。あたり一体にシンとしてまた如何にもハッキリとした景色、吾等二人は真に画中の人である。
「マア何という好い景色でしょう」
民子もしばらく手をやめて立った。
僕はここで白状するが、この時の僕は慥に十日以前の僕ではなかった。