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くぎぬきとうきちとりものおぼえがき
釘抜藤吉捕物覚書
林 不忘
13 宙に浮く屍骸
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,907 字 · 32 页
「桜見よとて名をつけて、まず朝ざくら夕ざくら――、」例の勘弁勘次の胴間声が、合点長屋の露地に沸いた。「えい、えい、どうなと首尾して逢わしゃんせ、とくらあ。畜生め! 勘弁ならねえ。」
綽名の由祖の「勘弁ならねえ」を呶鳴り散らしている勘弁勘次――神田の伯母から歳暮に貰った、というと人聞がいいがじつは無断借用といったところが真実らしい、浅黄に紺の、味噌漉し縞縮緬の女物の紙入れを素膚に、これだけは人柄の掴み絞りの三尺、亀島町の薬種問屋近江屋がお年玉に配った新の手拭いを首に結んで、ここ合点小路の目明し親分、釘抜藤吉身内の勘次は、いつものとおり、こうして朝っぱらから大元気だった。
いい気もちそうに、しきりに声高に唄いつづけている。
「可愛がられた竹の子も、いまは抜かれて割られて、桶の箍に掛けられて締められた――ってのはどうでえ。勘弁ならねえや。ざまあ見やがれ。」
起き出たばかりの勘次である。まだ眠っている露地うち、自宅の軒下に立って、こう独りで威張りながら、せっせと松注連飾りを除り外しているのだった。
嘉永二年、一月十五日。この日、はじめて無事の越年を祝って、家々の門松、しめ繩を払い、削り掛りを下げる。