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くぎぬきとうきちとりものおぼえがき

釘抜藤吉捕物覚書

林 不忘

06 巷説蒲鉾供養

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,319 字 · 29 页

青空文庫

のみならず、あわてて詰所を出た時か、大切なおりんの呪縛の紙を紛失しているのに気がついた。

落ち着かない心持で夜を待ったが、夜になってもおりんが来ないので、平兵衛は気が気でなかった。それでも、予定どおりに三つの釜の蒲鉾を仕上げて、極秘の混入物をすることも怠らなかった。おりんは今夜とうとう姿を見せなかった。呆然自失した平兵衛は、おりんを探すこころでよろめくように背戸口へ出たが――。ところで石と土の被せてある井戸の穴へどうして平兵衛が堕込んだか。またどうしてそのあとへ石と土とが直ったか。誰が手を下したか。謎である。永劫に解けない、これらの謎の鍵を握っていたかもしれない地上唯一の人間磯屋平兵衛も、この時はもう他界していた。おりんの呼び声でも聞いたとみえて、「おう、そこにいたか。今行く。」

とひとことはっきり言った平兵衛は、ごぐっと一つ唾を呑んで、これを末期の水代りに大往生を遂げたのだった。

声もなく立ち上った三人、言わず語らずの裡に胸から胸へと同じ思いが走った。仏滅定、そうだ、暗から闇へ――。

裾を下ろして襟を正し形を改めた親分乾児は、むくろをしずかにしずかに井戸の底へ返した。