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くぎぬきとうきちとりものおぼえがき

釘抜藤吉捕物覚書

林 不忘

05 お茶漬音頭

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,874 字 · 20 页

青空文庫

のう元さん、お前の方じゃあ文句はあるめえ。隠居へよろしく。締りを忘れめえぞ。」

言い捨てて矢のように走り出した。久兵衛を引き立てて勘次彦兵衛がそれに続く。小僧と元七、ぼんやり後を見送っていた。

その日の正午過ぎ、近江屋の大番頭元七と名乗る男が因業御殿を訪れて、狂女お艶へ七百両やるから縁切状を引換えに取ってくれと主人の言葉として伝えたことは、勘次の駈込みに依って逸早くわかっていたが、これで、にわかに色から慾へ鞍がえした久兵衛は、急遽自分で、家作を担保に五百両の現金を生み出し、夕方立寄ったお艶にその金を握らせて無理に「一札入申候証文之事」を書かせ、ここで二百両撥ねようと約束通り世間を忍んで子の刻に、証文を渡して七百両受け取るべく喜び勇んで近江屋へ来て見るとこの有様。猫婆どころか資も利もない。

「これからその敵討ち。」松村町を飛びながら藤吉が呻いた。「久兵衛さん、お前は心掛けがよくねえから、このくれえの痛事はけえって気つけかもしれねえが、当方あその贋元にちょっと心当りがあろうというもの――。」

「親分、ここだ!」

彦兵衛が立ち停まった。三十間堀へ出ようとする紀の国橋の畔、なるほど、寝呆け稲荷の裏に当って、見る影もない三軒長屋、端の流元から損れ行燈の灯がちらちらと――。