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くぎぬきとうきちとりものおぼえがき
釘抜藤吉捕物覚書
林 不忘
08 無明の夜
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,547 字 · 27 页
しかし、考えに止まっているうちはともかく、眼と鼻の間でこう鮮かに手を下されてみると、仮りに仏の生前がどうあろうと、また事の起りは一種の公憤にしろ、藤吉の務めはお上向きに対しても自から別な活動を示さなければならなくなる。ところで、草加屋殺しの探索は、やさしいようでむずかしい。藤吉は考える。
何事もそうだが、すべて人殺しには因由に意が見えるものだ。殺さなければならないほどの強いつよい悪因縁、これを籠る犯人のこころもち、これにぶつかれば謎はもう半ば以上解けたも同じことである。この人殺しのこころを藤吉は常から五つに分けていた。国事に関する暗撃果合いや、新刀試し辻斬の類を除かした土民人情の縺れから来る兇行の因に五つある。物盗、恐怖、貪慾、嫉妬、それから意趣返しと。伊兵衛の場合はあきらかに物盗ではない。現にぎっしり詰った鬱金木綿の財布の紐を首から下げて死んでいるのでも目的が鳥目でないことは知れる。恐怖というのは途端場での命のやり取りをさすものだが、伊兵衛を誰が襲ったとも考えられない。嫉妬と言ったところで、これには髱がなければ話にもならない。しからば貪慾か、というに、これはその人を亡くすることによって利を獲るとの義だが、草加屋伊兵衛は独身を通した一酷な老爺、後継はもとより親戚縁辺もない。