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ぎんさんじゅうまい

銀三十枚

国枝 史郎

「新青年」1926(大正15)年3月~5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,863 字 · 73 页

青空文庫

車内は桃色に明るかった。柔かいクッション、馨しい香水、二人はきっと幸福なんだろう。顔を突き合わせて話していた。一瞬の間に過ぎ去った。月光が車葢に滴っていた。タラタラと露が垂れそうだった。都会の空は赤かった。その方から警笛が聞こえてきた。

「もういい」と私は自分へ云った。

最後の一突きが来たからであった。花壇を越して林があった。目掛けて置いた林であった。私はその中へ分け入った。

「ユダも縊れて死んだはずだ」

木を選ばなければならなかった。木はみんな若かった。一本の木へ手を掛けた。幹へ額を押し付けた。ひやひやとして冷たかった。そうして大変滑らかだった。シーンと心が静まった。平和が心へ返って来た。

「脆そうな木だ。折れるかもしれない」

もう一本の木へ手を触れた。

その時私へ障るものがあった。誰かが肩を抑えたのであった。

私は静かに振り返った。

一人の男が立っていた。

鳥打を頭に載っけていた。足に雪駄をつっかけていた。

私はもっと壮健の頃、新聞記者をしたことがあった。

この男は刑事だな。私は直覚することが出来た。

「どうしたね?」とその男が云った。

「…………」

「黙っていては解らない」