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ぎんさんじゅうまい
銀三十枚
国枝 史郎
「新青年」1926(大正15)年3月~5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,863 字 · 73 页
おずおず眼をあけて車外を覗いた。
そこは賑かな広小路であった。冬物が飾り窓に並べられてあった。それを覗いている女があった。寒そうに髱がそそけ立っていた。巨大な建物の前を過ぎた。明治銀行に相違なかった。地下室へ下りて行く夫婦連があった。食堂で珈琲を啜るのだろう。また巨大な建物があった。旧伊藤呉服店であった。タクシはそこから右へ曲った。少し町が寂しくなった。タクシは大津町を駛って行った。私はまたも瞑目した。
立派な屋敷の前へ来た。自動車から下りなければならなかった。厳めしい門が立っていた。黒板壁がかかっていた。
運転手は一揖した。
「はい、お屋敷へ参りました」
私は無言で表札を見上げた。一條寓と記されてあった。
潜戸を開けて入って行った。玄関まで八間はあったろう。スベスベの石畳が敷き詰めてあった。しっとりと露が下りていた。高い松の植込みがあった。
「家賃にして三百円!」
譫言のように呟いた。
私は玄関の前に立った。
と、障子がスーと開いた。
妻か? いやいや知らない婦人が、恭しく手をついてかしこまっていた。
「旦那様お帰り遊ばしませ」
女は島田に結っていた。