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ぎんざアルプス
銀座アルプス
寺田 寅彦
「中央公論」1933(昭和8)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,830 字 · 26 页
しかしデパートの品物に「こく」のある品のまれであることも事実である。
明治三十二年の夏、高等学校を卒業して大学にはいったのでちょうど四年目に再び上京した。谷中の某寺に下宿をきめるまでの数日を、やはり以前の尾張町のI家でやっかいになった。谷中へ移ってからも土曜ごとにはほとんど欠かさず銀座へ泊まりに行った。当時、昔の鉄道馬車はもう電車になっていたような気がするが、「れんが」地域の雰囲気は四年前とあまり変わりはなかったようである。ただ中学生の自分が角帽をかぶり、少年のSちゃんが青年のS君になっていつのまにか酒をのむことを覚えていたくらいであった。熊本で漱石先生に手引きしてもらって以来俳句に凝って、上京後はおりおり根岸の子規庵をたずねたりしていたころであったから、自然にI商店の帳場に新俳句の創作熱を鼓吹したのかもしれない。当時いちばん若かったKちゃんが後年ひとかどの俳人になって、それが現に銀座裏河岸に異彩ある俳諧おでん屋を開いているのである。
鍋町の風月の二階に、すでにそのころから喫茶室があって、片すみには古色蒼然たるボコボコのピアノが一台すえてあった。