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さっかくすうだい

錯覚数題

寺田 寅彦

「中央公論」1933(昭和8)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,152 字 · 18 页

青空文庫

たとえば、ある学者が一株の椿の花の日々に落ちる数を記録して、その数の日々の変化異同の統計的型式を調べ、それが群起地震の日々あるいは月々の頻度の変化異同の統計的型式と抽象的形式的に類型的であるという論文を発表したとする。そのような、ほんのちょっとした論文の内容がどうかすると新聞ではたいした「世界的」な研究になったり、ラジオでまで放送されて、当の学者は陰で冷や汗を流すのである。この新聞記事を読んだ人は相当な人でも、あたかも「椿の花の落ち方を見て地震の予知ができる」と書いてあるかのような錯覚を起こす。そうして学者側の読者は「とんでもなく吹いたものだ」と言って笑うかおこるかである。ところでその記事をよくよく読んでみるとちっとも、そんなうそは書いてないのである。ともかくもその論文の要点はそんなにひどく歪曲されずに書いてある。それなのに、活字の大小の使い分けや、文章の巧妙なる陰影の魔力によって読者読後の感じは、どうにも、書いてある事実とはちがったものになるのである。実に驚くべき芸術である。こういうのがいわゆるジャーナリズムの真髄とでもいうのであろう。

ついこのあいだもある学者がアメリカの学会へ行って「黄海の水を日本海へ注入して電力を起こす」